”全駅から富士山が望める鉄道”がキャッチフレーズ、静岡県富士市を走る岳南電車岳南線に乗ってみました。レトロ感満載の小さなローカル私鉄の旅をご紹介します。
基本情報
岳南電車岳南線は、吉原駅と岳南江尾駅を結ぶ延長9.2kmのローカル線。全区間静岡県富士市内を走る。
運行事業者は”岳南電車株式会社”。富士急傘下の”岳南鉄道株式会社”の100%子会社である。以前は親会社による運営であったが、2013年に鉄道事業を分社化し現在の経営形態となっている。
列車の運転頻度は2~3本/時。日中は概ね30分ヘッドのダイヤとなっている。終点までの所要時間は21分。
駅数は10駅。各駅の営業状況は、吉原が終日有人駅で、吉原本町が夜間以外有人、岳南原田と岳南富士岡が平日朝のみ有人、その他の駅は終日無人駅である。
全区間の往復乗車には乗り降り自由の「全線1日フリー乗車券」が便利。大人720円・小児310円で、有人駅窓口及び比奈駅舎内の鉄道模型店にて発売している。
自慢の富士山の眺望とともに、2014年に「日本夜景遺産」に認定された”鉄道夜景”を生かし、車内照明を落として夜景を楽しむ列車の運行が行われている。
旅行記
吉原駅の様子
小春日和の週末、東海道本線吉原駅に降り立った。ここから岳南電車岳南線の旅がスタートする。
JRの駅舎は橋上駅舎で、地表にある岳南電車の駅舎はやや離れた場所にある。乗り継ぎの利便性を考慮し、上の写真の通り専用の連絡跨線橋が設置されている。
この吉原駅は1889年に開業した歴史の古い駅。開業当初は付近の地名から「鈴川駅」と称されていたが、1956年に現在の駅名に改称された。東海道吉原宿があった中心繁華街からはかなり距離があるので、駅はやや閑散としている。
駅舎の柱には建物資産標が貼られていた。この橋上駅舎は昭和45年(1970年)10月築。ちなみにコード番号の最初の二桁は固定資産の「名称」を意味しており、”03”は駅の事務を取り扱う主要な建物をいう「駅本屋」のコード。国鉄時代から使われているコードで、他に”05”が「待合所」、”39”が「便所」、”41”が「旅客上家」、”99”が「諸舎」などと定められている。
外観は典型的な昭和の国鉄建築。既に築半世紀、今となってはこのような建物もノスタルジックな雰囲気を醸し出している。
北口には巨大な立体駐輪場とタクシー乗り場があるだけで、店舗等は皆無。工業地帯の中の駅といった印象。
駅を出て左手の細い車道を2分ほど歩くと岳南電車の駅に到着する。工場の入口のような、何とも哀愁漂う佇まい。
何と自動改札機が導入されている?と思いきや、これはJR用のもの。改札口の構造や掲示物から、連絡専用の中間改札ではなくJR単独の改札口としても機能しているようだ。東海会社から幾ばくかの駅共同使用料を頂いているのであろう。
きっぷうりばでは昔ながらの硬券が発売されている。全線1日フリー乗車券を購入する。横長の「D型券」で、大きな回転日付印が押される。一緒に沿線の観光名所などが紹介された”沿線MAP”と割引サービスがあるカフェを紹介する”ぶらりカフェさんぽ”のチラシがもらえる。
各種オリジナルグッズも発売されている。鉄道会社のオリジナル御朱印帳はここだけ?
改札を通りホームに入る。上家の支柱は岳南特有のデザイン。これが夜になると照明でひときわ映える。
当駅構内の線路は50kgレールに真新しいPCマクラギが使われ、設備に手が入れられていることが分かる。同社の安全報告書によると、2018年度の設備投資額は、レール・枕木交換、踏切改良、車両更新等で1億4千万円に上る。国・県・市からの補助金が入っているとはいえ、鉄道事業営業収益が1億8千万円の会社にとっては重い負担であろう。
終点の岳南江尾方には、貨物輸送が行われていた時代の発着線が残る。2012年の貨物営業廃止まで、沿線の製紙工場から紙製品などが輸送されていた。かつて貨車が受け渡しされていた東海道本線に繋がる線路は、現在は車止めが設置され分断状態にある。
14:20、折り返し列車が到着。元京王井の頭線用車両の8000形電車だ。沿線の「竹取物語」伝説にちなみ「がくちゃんかぐや富士」と愛称が付けられている。
吉原~比奈
14:25、定時発車。乗客は片手で数えられる程度。土曜日昼過ぎの閑散時間帯ではあるがやや寂しい。
自慢の富士山は、あいにく雲の笠をかぶっていて山頂が見えない。天気自体は快晴なので、雲が切れるのを待とう。
最後尾で”後面展望”を楽しむことにした。茶色く錆びた貨物発着線の線路が痛々しい。
線区最高速度は45km/h。速度計は種車と変わらず140km/hまで目盛が振ってあるが、その約3分の1しか使われないことになる。
吉原の中心繁華街に近い吉原本町を発車すると、列車は大きくカーブし東に向きを変える。
最初の交換可能駅であり岳南電車の本社所在地である本吉原に到着。「吉原」と名が付く駅が3駅(吉原、吉原本町、本吉原)あり、どこが”本当”の中心駅なのか分かりにくいが、この本吉原が元祖”吉原駅”であった。前述の旧鈴川駅と同時に改称されたとのこと。
岳南原田を出ると、当路線のハイライト、工場の中を走る区間だ。日本製紙富士工場の”敷地内”を線路が走る。まるで貨物の”専用鉄道”のような雰囲気。
次の停車駅、比奈で下車してみる。ここも特徴的な上家のある駅。
かつて貨物輸送が行われていた時は、広い構内に貨車が行き交っていたが、現在は1面2線のシンプルな構内となっている。
駅舎は味のある木造駅舎。この駅の特徴は駅事務室が鉄道模型店になっている事。駅員無人駅であるが、1日フリー乗車券のみ模型店に発売委託されている。
泉の郷・かぐや姫の歴史めぐりウォーキング
ここから、沿線MAPに紹介されたウォーキングコース”泉の郷・かぐや姫の歴史めぐり”をたどってみる。比奈駅から隣の岳南富士岡駅まで約1時間で歩くコースだ。
製紙工場の間を抜け地図に従い北上する。しばらくして県道三島富士線を渡ると、やや上り坂になる。
中間地点に御崎坂と書かれた石碑があり、そのすぐ先には御崎神社がある。この比奈という地名は、もともと「姫名」と呼ばれていたそうだ。
駅から10分ほど歩くと、吉原第三中学校の突き当りに出る。一旦西に向かい、鎧ヶ渕親水公園、滝不動、かがみ石公園と回ってみる。
富士山を見ると、白く染まった美しい山頂部が姿を現す。ようやく雲が切れてきたようだ。
中学校前から5分ほど歩くと、鎧ヶ渕親水公園に着く。自然の湧水地と工場の煙突が吉原らしい風景だ。なお、地図では駅から徒歩9分とあるが、比奈駅からは15分程度かかると見ておいた方が良い。
隣には永明寺というお寺がある。ここは湧水の庭園が有名。
続いて滝不動に向かう。岩の間から水が豊富に湧き出ている。湧水池に立つ不動さんはイボ取り不動と呼ばれ、この池の水をかけてお参りするとイボが取れると言われているとのこと。
すぐ隣にかがみ石公園がある。この園内でも水が湧き出ている。
このあたり一帯は富士山の湧水が豊富に湧き出ている。住宅地を流れる小河川も水が清らかで、すくって飲めるのではないかと思うほど。水が大切な製紙業がこの地で発達した理由が理解できる。
先ほどの中学校前に戻り更に1分ほど東に歩くと、竹取物語ゆかりの地とされる竹採公園に着く。
説明板を読むと、一般的に知られる月に帰っていく物語とはやや異なるとのこと。竹林の園内には「竹採姫」と書かれた小さな塚がある。
竹採公園を後にし、更に東に向かう。町を見下ろす山手の道から市街を一望できる。夕暮れの工場地帯が幻想的。
玉泉寺を過ぎると住宅街に入る。右手には遠く伊豆半島の山々が望める。左手には雲が切れた富士山の姿が美しく見える。
南下し、医王寺方向に向かう。途中にはカフェなどの飲食店が並ぶ一角があった。
医王寺の参道は湧水公園となっている。清らかな池には鯉が泳いでいる。
岳南富士岡駅に向けて南下していく。振り向くと富士山の雄姿が徐々に大きくなっていく。
16時、岳南富士岡駅に到着。比奈駅を出てから1時間15分の散歩であった。
岳南富士岡~岳南江尾
駅舎は木造には珍しい箱型。壁面には”かぐや姫”の絵が描かれている。
次の下り列車は16:10発。しばらく駅構内を散策する。
当駅の最大の見どころは、構内に留置されている電気機関車たち。2012年まで貨物列車を牽引していたが、もう動くことは無い。
また、当駅は電車の車庫もある運行上の要衝。狭い構内に様々な要素が詰め込まれ、昭和の私鉄の雰囲気が満載の駅だ。
木柱の電車線支持物も現役。
16:10、下り岳南江尾行が定時到着。元京王3000系の7000形7003だ。
乗客数は10名程度だが、1両編成の単行なので比較的混んでいる印象。乗り鉄を楽しむ家族の姿も見える。
須津を発車すると風景は住宅街から郊外に変わる。車内から望む富士山が美しい。
岳南江尾駅の様子
16:16、終点岳南江尾に到着。隣の線路には、2018年に親会社の富士急から移籍した元京王5000系の9000形電車が停車していた。11月16日と30日の2日間のみ運転される、夜景を楽しむ特別列車「ナイトビュープレミアムトレイン」に充当される模様。
駅は無人駅で駅前も閑散としているが、すぐ近くを走る東海道新幹線の列車が頻繁に通過していくので、ローカル線の寂しい終着駅といった印象は薄い。
先ほど乗ってきた列車は折り返しですぐに発車して行った。次の16:48発の列車に乗ることにする。
駅前の道を進み新幹線の高架をくぐると、左手に大きなスーパーマーケット(マックスバリュー)が見える。さらに北上すると、県道三島富士線に突き当たる。
この県道は路線バスが通っている。駅からの道との交差点付近にバス停があり、本数は少ないが富士駅と東平沼乗り換えで沼津駅に出ることが可能。なお、今年9月限りで沼津と富士を結ぶ直通バスは廃止となってしまった。
バス停のすぐ近くに、1日フリー乗車券提示で割引特典がある「おうちカフェ 花みずき」さんがある。”営業中”の表示があったので寄ってみようと思い呼び鈴を押してみたが反応が無い。民家を改装した雰囲気の良さそうなカフェであるが、残念ながら今回は入店することができなかった。
駅に戻る。16時半を回り、早くも夜の闇が迫ってきた。新幹線の高架の向こう側に夕日に染まる富士山が見える。
しばらくして折り返し列車が到着した。再び2両編成の8000形に乗車。
岳南江尾~吉原本町~吉原
乗客数人を乗せて16:48定時発車。右手車窓に富士山を眺めつつ帰路に就く。
せっかくなので、吉原の中心繁華街に近い吉原本町で途中下車してみる。ホーム1面1線の小さな駅だが、当線第2位の乗降人員を誇り、中間駅では唯一の日中有人駅だ。
小さな駅舎には白熱電球色の照明が付けられている。このような情景が”鉄道夜景”の真骨頂であると思う。
駅前の踏切は旧東海道で、西側はアーケード街となり賑やかだ。
吉原のご当地グルメといえば、つけ麺ならぬ”つけナポリタン”。このアーケード街では、発祥の店とされる「アドニス」さんや、1日フリー乗車券で割引特典がある「sofarii」さんなど数店で提供されている模様。残念ながらこの時間はすでに品切れとのことで、食することはできなかった。
駅に戻り17:35発吉原行に乗車する。思いのほか混んでいたのがうれしい。
17:40、起点の吉原に到着。隣のホームには先ほど岳南江尾で見た「ナイトビュープレミアムトレイン」が停車中。改札口ではその受付が行われていた。
感想
岳南線に乗ったのは今回が2回目。前回乗車時は親会社”岳南鉄道”による運営で、貨物輸送も健在であった。
親会社の有価証券報告書(2019年3月期)によると、鉄道事業セグメントの運輸収入(売上高)は1億8,000万円で営業損失は6,100万円とのこと。営業費用が売上高の1.3倍以上かかる計算で、非常に厳しい運営状況であることは間違いない。
1980年代まで同社の”稼ぎ頭”であった貨物輸送が失われた現在においても、希望を捨てずに何とか生き残ろうと、様々な施策に取り組む姿に感銘を受けた。
運転速度は低いながらも線路設備等は良好に整備されていると感じたが、気になった点は列車行き違い設備を有する駅の多さ。本吉原から須津まで、駅間距離1km程度であるが5駅連続で交換可能となっており、現行の運転本数からは過大な設備となってしまっている。
行き違い設備廃止、いわゆる棒線化には、連動装置(ポイントと信号を連動させて事故を防ぐ仕組み)やCTC(連動装置を集中制御する仕組み)をいじる必要があるので億単位の投資となるが、メンテナンスコストを考えると設備の”スリム化”は必須であろうか。
いや、将来の鉄道貨物輸送の復活を夢見て、現有設備を何とか維持するのも悪くないかもしれない。
関連リンク
岳南電車 https://www.fujikyu.co.jp/gakunan/
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