”電化”していない区間を走る”電車”。今までの常識ではありえなかった話が、現実のものになっています。
今回、初めて蓄電池駆動電車に乗ってみました。場所は栃木県を走るJR烏山線。実際に乗ってみた時の様子を詳しくお伝えします。
基本情報
烏山線は、東北本線(宇都宮線)宝積寺駅を起点とし烏山駅まで結ぶ延長20.4kmの路線。運行事業者は東日本旅客鉄道(JR東日本)。
今回乗車したのは、JR東日本の蓄電池駆動電車EV-E301系、愛称「ACCUM」(アキュム)。2019年8月現在、この烏山線だけで使われている車両だ。
2014年3月、日本初の営業用蓄電池電車としてここ烏山線に導入された。以後、同じくJR東日本の男鹿線(EV-E801系)、またJR九州の筑豊本線(BEC819系)に同様の車両が導入されている。
「架線と大容量蓄電池のハイブリッド方式により、非電化路線鉄道の新しい動力方式を具現化した点で、EV-E301系は意義の大きな車両である」として、鉄道友の会より「2015年ローレル賞」を受賞した。
以前運転されていた気動車に変わり、現在は烏山線の全列車がこのEV-E301系で運転されている。
注目を集めるこの”電車”に実際に乗ってみて、その実力を確かめてみたい。
乗車体験記
下り烏山行331Mに乗車
お盆の大型連休初日、宇都宮駅は観光客や帰省客で混雑していた。
これから乗る烏山線直通の烏山行331Mは12:34発、9番線から発車する。烏山線は下り14本、上り13本の列車があるが、そのうち夕方の3往復を除いて、起点の宝積寺から宇都宮まで東北本線に乗り入れてくる。
発車時刻が迫ってくるが、9番線には依然として12:17発黒磯行651Mが停車中。遅れて到着する東京方面からの列車の接続待ちをしている。4両編成の車内はすでに満員状態。
烏山からの折り返し列車332Mの到着時刻12:26を過ぎ、約20分遅れでようやく651Mは発車した。ほどなくして332Mが9番線に滑り込む。
車体側面には「ACCUM ENERGY ACCUMULATING VEHICLE」のロゴが掲げられている。パンタグラフは下り方の車両に2基あり、外見は普通の電車と変わらない。2基とも上げられているのは、蓄電効率を高めるためか。
早速乗り込む。2両編成で車内はオールロングシート。座席は8割程度埋まった。
運転士がエンド交換(折り返しで反対側の運転台に移動すること)し、2分ほど遅れて宇都宮を発車した。車掌は乗務しない”ワンマン列車”だ。
宇都宮から2つ先の宝積寺までは、複線電化の東北本線を疾走する。この区間の最高速度は100km/h。起動加速度 は2.0 km/h/sとのことで、同社のE127系やE129系と同等。”走り”は普通の電車と変わらない。
宝積寺3番線に到着。パンタグラフが降下する。車内直下にいると、プシューという空気音が聞こえる。運転士が降下したことを確認する。
いよいよ非電化区間に”電車”が入っていく。加速は電化区間と同じような感じで違和感はなく、乗っている限りは普通の電車と変わらない。ただし、線区最高速度は65km/hなので、さほどスピード感はない。
外は猛暑だが、車内は冷房がきちんと効いている。
仁井田までは開けた田園風景の中を走る。しかし、仁井田を過ぎると、次第に山がちになり、線路もアップダウンが始まる。
勾配標をみると、20~25‰の鉄道としてはかなりの急こう配であることが分かる。20数年ぶりに烏山線に乗車したが、これほど線形が激しいという記憶はなかった。
宝積寺を出て21分、線内唯一の交換可能駅である大金に到着する。安全側線が無いので、場内信号機は警戒現示となり、制限速度25km/hでゆっくりと進入する。
ここ大金(おおがね)はその名の通り縁起の良い駅名で知られ、起点の宝積寺とともに切符ファンの間では有名である。
小塙を出ると、列車は小さなサミットを超える。線内唯一のトンネルである森田トンネルを抜けると、終点烏山までは下り勾配となる。
烏山駅の様子
13:24、2分ほど遅れて烏山に到着。ホーム1面1線の棒線駅になってしまっている。終点方のパンタグラフ付車両が停車する位置に、1両分だけ架線が張られている。急速充電に対応した剛体架線とのこと。すぐにパンタグラフが上昇し、充電が始まる。
終点方には変電所が見え、そこから架線まで”き電線”が伸びている。見る限り、東京電力の6600V高圧配電線が引き込まれている様子。
駅舎は以前の木造駅舎から2013年に建て替えられた。なかなか斬新なデザインだ。出札窓口は無いが、指定券券売機と通常の券売機が各1台設置されている。
旧駅舎は1923年の当駅開業時に建てられたもので、市の近代化遺産に指定されていたとのこと。駅舎入口には、依然として案内板が設置されている。
駅舎を出てみると、なんとなく懐かしい情景が広がっている。駅前にはタクシーと通運の営業所、駅前旅館、駅前食堂が並び、まるで国鉄時代にタイムスリップしたような感じだ。駅舎の横には、腕木式信号機がオブジェとして建っている。この信号機は今の烏山線の変わりように何を思うだろうか。
折り返しの宇都宮行334Mは13:39の発車。充電時間を確保するためか、折り返し時分は17分と、やや長めにとられている。
発車時刻が迫ってきたので、ホームに戻る。烏山線内の各駅とも、ホームの旅客上家と笠石が更新され、きれいになっている。帰路の車内で見た下野花岡駅旅客上家の建物財産標には”平成26年3月25日”と記されていた。EV-E301系導入に合わせて改良工事を行ったのであろう。
ただし、ホーム高さは従来通りの電車・気動車共用規格920mmであった。EV-E301系の床面高さは1130mmなので、やや段差がある。車いす利用時にはスロープの使用が必須だ。
ホームの端の方には、懐かしい国鉄型の駅名標が健在。
上り宇都宮行334Mに乗車
発車時刻直前になったので車内へ。帰路は運転台の後ろから前面展望を楽しむ。
運転台はワンマン対応となっており、運賃箱と運賃表示器が設置されている。上部にはローレル賞のプレートも掲出されている。
13:39定時発車。運転台では「架線なし区間に入ります」と自動音声が流れている。地上からの地点情報を受信し、車両がどの架線状態の場所にいるのか、自動で認識が出来る”架線認識装置”が搭載されているとのこと。
なお、烏山駅はポイントのない”棒線”駅となっているので出発信号機は設置されていない。
前述した通り、仁井田まではアップダウンが続く。急こう配でも速度が落ちることなくスムーズに進む。下り勾配時には回生ブレーキで発生した電力を蓄電池に充電する。
宝積寺駅の様子
起点の宝積寺に到着する。7番線場内信号機は注意現示。旅客案内上は3番線だが、運転上では7番線の扱いになる。
14:13、宝積寺に到着。「吊架架線区間に入ります」と自動音声が流れる。
黒磯行に乗り換えるため、宝積寺で下車。この駅も近年改装されたようで、橋上駅舎の天井が菱型の板で埋め尽くされたモダンなデザインとなっている。改札口付近には、EV-E301系の模型が飾られていた。
東口は「ちょっ蔵広場」という名前の交流広場になっており、周囲の建物にはレストランや情報窓口がある。駅舎入口の階段付近には、烏山線の0キロポストが設置されていた。
感想
話題の蓄電池駆動電車に今回初めて乗ってみて、非電化ローカル線における”電車化”の新たなモデルとしての可能性を感じた。
今後、蓄電池技術が更に進化し充電後の走行距離が延びると、導入可能線区が増えていくものと思われる。
勾配区間など、必要な箇所のみ架線を設置する等の応用も検討すべきであろう。海外では、蓄電池を搭載したトロリーバスが、架線の有る所、無い所を縦横無尽に走行している事例がある。
鉄道会社にとって、電化設備の維持・管理には莫大なコストがかかる。やがては既存の電化区間の置き換え手段としても活用の可能性が広がってくるであろう。今後の展開に期待したい。
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